妹と約束

人間、1度した約束を撤回するのは難しい。

「にいさんにいさん、マヨネーズとケチャップどっちが強い?」
「ハンバーグにかけるからケチャップの勝ち!」

それが小さいころの約束だと、なおさら心の奥底に残っているものだ。

「にいさんにいさん、靴は右足からはくのと左足からはくのどっちがいいの?」
「うーん、ボールをけるほうからはけばいいんじゃないかなぁ」

妹はなんでも俺に問いかけたがる。
それは俺が昔「にいさんはなんでも答えてやるからな!どんどん質問しろ!」と言ってしまったからだ。
その頃の俺は妹に年上だということをアピールしたかったのだろう。
妹が小学生の時はよかった、しかし妹が高校生になってもまだその質問癖はついたままだ。

時計を見るとちょうど18時。居間でゆっくりとコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいると、バタンと大きな音をたて部活を終えた妹が玄関を開けて帰ってきた。
身長は160cmほどで、女子高生の中では高いほう。
ロングの髪をゴムで止めて自然に両肩からたらしており、同年代からは大人びて見えるだろう。
しかし、それは見かけだけ。
俺から言わせると、全然子供だ。

「にいさんにいさん、今日は同じクラスの人からラブレターもらったんだけど……」
「へー、御前もとうとう恋人持ちか。よかったなー」
「どうしよう?」
「どうしようって言われてもな……それは御前が決めることだろ」

妹は心底困った顔で俺を見る。
そんな顔をされても、そこまで俺がなんでもでしゃばれることじゃない。
今までの感じだと、俺が付き合えばんじゃないかと言えば付き合うだろうし、その逆もまたしかりだろう。
それではラブレターを出した相手も可哀想だ。

「にいさん……答えられないの?」
「まぁな……その質問は答えられないな」

妹はラブレターを持ったままフローリングに視線を落とす。
俺は妹から目をそらし、話を打ち切る。
しかし、俺の目論見はすぐに打ち破られた。

「それは、にいさんが私を好きだから?」


飲んでいたコーヒーを全て気管にぶちこんでしまうほどの言葉。
たっぷり1分はかけて咳こみ、なんとか声を絞りだす。

「な、何言いだすんだよっ」
「にいさんはいつも質問に答えてくれてたよ。でも今回は答えてくれなかった……」
「だからって!お、俺が御前を好きだとはかぎらないだろ!」
「私はにいさんが好きだよ?」
「っっっっ!?」

落ち着け。
盛大に落ち着け。
さっきも自分で思っていただろう?妹はまだ子供なんだ。
そういう意味での『好き』なんだ、OK?
そりゃ妹は可愛いさ、血が繋がってなければ家の外周を走り回るほどうれしい言葉さ。
でも、妹は妹。それ以上でも以下でもない。
よし、落ち着いた。

「にいさんは私のこと好き?」

膝立ちになり、椅子に座っている俺を見上げる形で妹が問う。
整った眉、つややかな黒髪、大人びた雰囲気の中、幼さを残す目。
ダメだ!このままじゃやられる!

「い、いいからその手紙よこせ!」

理性が残っている間に、妹の手からラブレターを奪う。


約束というものは、どのくらい時間が流れてもその効力は発揮されるらしい。

「にいさんにいさん、パンダとライオンはどっちが強い?」
「人気ならパンダだろうな、子供から大人までまんべんなく人気だ」

結局、ラブレター事件は『相手が女性だった』ということで「やめておけ」と答える事ができた。
それからはいたって普通の兄妹の関係が続いている。
しかし休みの日に連れ添って動物園に行く兄妹なんかそうそういないとは思うが。

檻1つ見るたびに質問をしてくる妹を見るとまだまだ子供だと思う。
いつになったらこの妹の癖は治るのだろうか。

「にいさんにいさん」
「んー、こんどは何だ?」
「まだ答えてもらってない質問があるんだけど」
「そんなのあったっけか?」
「ずっと待ってるのに……」

頬を少しふくらませてむくれる妹。
答えてない質問なんてあったっけか?空を見つめて考える俺に、妹は言った。

「にいさんは私のこと好き?」

第1話 終

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第2話
書き手・chicken氏

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「にいさんにいさん。これ、どうかな?」
「……うん。いいと思うけど」
「けど、ってことはあんまり似合ってないってこと?」
「いやそうじゃなくて、えーと……とりあえず、似合ってるってことは間違いないから」

給料が入ったから服でも買ってやろうかという、兄ゆえのごーまんな気まぐれで誘った土曜の午後。
相変わらずの悪癖は治る兆候すら見えてこないことを、今さらながら痛感する。
大きいのは背ばかりで、中身は子供のまま。そういう意味で、妹の成長が止まっていることを少し心配していたりする。
だから、あの約束があると分かっていても、たまには突き放してやるのも大切なことだと思うのだ。

「だいたいな。オマエももう大きいんだから、服なんて自分の好みで決めろよ」
「好み……?」
「そう。あるだろ?こういう色が好きとか、こういう柄が好きとか、そういう感じでさ」

言いながら、妹の私服姿をいくつか思い出してみる。
……あまり飾らない感じの、白を基調とした服が多かったように思う。つまり、妹の好みはシンプルな白だということだろう。
ちなみに俺の好みも白だったりするあたり、やっぱり血の繋がった兄妹なんだなぁと思ったりする。

「ほら。オマエさ、よく白いの着てただろ?それってつまり、オマエの好みが白だからじゃないのか?」
「あぁ……うん。確かに、私は白が好きだよ。だってにいさんがほめてくれた色だもん」
「ほらやっぱ―――――え?」
「私が初めて白いワンピースを着た時、にいさんは『やっぱり白っていい色だなぁ。うん、すごく似合うよ』って言ったでしょ?」
「………」

記憶の海に網を投げ、手繰り寄せる。けれども引っかかったのは目的のソレでなく。
どうも俺の記憶から、ソレは思い出せないほど深く深く沈んでしまったらしい。

「だから私に好みがあるとするなら、それはにいさんの好みなの。にいさんに気に入られたいから、こうやってにいさんに質問しているんだし」
「ッ、……!」

至極あっさりと、そんなことを、平然と、言われた。
これが血の繋がった妹でなければどんなに、と考えて、即座に切り捨てる。
何故なら、彼女は、妹だから。覆らない事実として、それはどうしようもないことだから。
そう考えて頭を振り、視線を店内に泳がせていると、妹はとんでもないことを口走った。

「私は今でも、にいさんのことが好きだから。妹っていうよりも、女として、にいさんのことが好きだから」
「ッ!!!?」

何も知らない子供のようにソレを口走る、高校生の妹。土曜の午後は人で賑わい、それはこの店でも例外ではないというのに。
そしていろんな意味であわてふためく俺に、妹は実にやんわりと止めを刺した。

「だからね、にいさんが大切にしまってある本に載ってるような格好でもしてあげるよ?学校の水着なら、ちゃんとまだ取っといてあるから」

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chickenさんのサイト

鶏小屋。


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