PD

「八木沢、おまえには撮影やってもらうからな」
「は、はい!」
名前を呼ばれ無意識に返事をしてしまった。撮影?何の事だ?
「よしよし、八木沢はやるき充分みたいだな。さすが放送部、任せたぞ。次は配役だが……」
イマイチ状況が掴めない、聞いてみるか。
「なぁ美久、今何の話してるんだ?」
「秀則……聞いてなかったみたいだな、今は文化祭の映画の配役を決めているところだ」
「えいが……?」
「何を間の抜けた顔している。君は撮影係だろう? しっかりしてもらわないと困る」
「マジか……」
彼女の名前は小海美久(こうみみく)
身長は女子の中では高いほうで、髪は艶やかな黒で一本に束ねてある。顔はそうだな、校内トップ三に入るだろうか。俺的には一位でもいいんだが。
成績も良く、いつもかけている眼鏡がさらに美久を才女として認識させる一端を担っている。
それでいて誰とでも分け隔てなく接するイイヤツで、言うなれば非の打ち所がない。
美久のほうも俺と話すのはまんざらでもない……って感じならいいんだが、あいにくそういったことは全くない。
「今から辞退は……無理だよなぁ」
「決まってしまった事だ。よろしく頼むぞ」
映画の撮影って事は夏休み潰れるのか、バイトしようと思っていたんだけどな。
「あー、美久は何役やるんだ? ってか映画はどんなストーリー?」
あきれ顔で俺を見る美久。
「先が思いやられるな……映画は恋愛物だ。そして私は映画には出ない」
「美久って演劇部じゃなかったか?」
「演劇部のほうでも映画を撮るんでな、さすがに二作出演はマズイだろう」
「何か規約でもあるのか?」
「規約ではない、私が決めたことだ。よほどの事がない限り出演はしない。それで係はと言うと演技指導係だな」
まぁ美久が指導するんならいい演技にはなるだろうな。去年の文化祭で見た演劇部の出し物は演技の善し悪しなんて全く判らない俺でさえすごいと思ったもんな。
「全員役割は決まったな、皆しっかりと分担された仕事をやること! 解散!」
いつのまにか配役も決まっていたらしく、解散の声とともに教室を飛び出していったヤツもいる。
「秀則……前を見てみろ」
「何かあるのか? ってオイ! 俺が監督!?」
周りのクラスメイトを見渡す。くそ。全員目をそらしやがった……
「あぁ八木沢は撮影兼監督な、小海もいるから大丈夫だろ。監督っていっても連絡役みたいなもんだ、期待はしてないぞ!」
そういって大きく口をあけて笑う担任、俺自身はちっとも笑えないんだが。
「先生もああ言っていることだ、解散してしまったし今から変更は効かないだろう。よろしく頼むぞ」
「美久……御前少し笑ってないか?」
「ふふ、そんな事ないぞ?」
あまり感情を表に出さない美久だが、これは判る。絶対に笑ってる。周りのやつらもうまくいったと考えているだろう。
「仕方ないな…まぁ恨んでもしょうがない。やるだけやるか」
「頼むぞ監督。あぁそうだ、電話番号とメールアドレスを教えておこう。連絡できなければしょうがないからな」
「え?あ、あぁ、判った。んじゃ俺のも」
そういえばまだ美久とは交換していなかったな、確かに連絡するには必要だ。
「それじゃ私は演劇部のほうに行くとしよう。今夜連絡をいれるからな、ちゃんと出てくれよ?」
「それは大丈夫だ、演劇のほうも頑張れよ」
「もちろんだ。っと、秀則は機材の準備をしておいてくれ。なかったらどうにもならないからな」
そう言って美久は教室を出ていった。教室を見ても半数以上は帰ったみたいだ。
「それじゃ、俺は部室行きますか……」



放送室のドアを開け中を見渡すと、ソファーにうつぶせになっている人影が一つ。
ドアの開いた音に気づいたか、首だけあげてこちらを見やる。
「おーぅのりちゃんこんな時間にどしたん?」
「録画機材を借りにきました」
「ふーん、のりちゃん彼女サンできたんだ?」
「へ?」
「あり? ハメ撮りじゃないの?」
「よりさん…酔っぱらったオヤジでもそんなこと言いませんよ……」
このやたらフレンドリーかつ頭のネジが取れているのは放送部の先輩、名前は友原より。
女子平均よりも十センチほど低い身長から繰り出されるセクハラ発言にノックアウト者多数、噂ではファンクラブがあるとかないとか。八重歯がまたいい! とか言うやからも多い。
自称放送部の看板娘で、少しやりすぎ感あふれるお昼休みの放送の顔。
俺としては結構やっかいな人だと思っているが、何故か『のりちゃん』とあだ名で呼ばれているというおかしな状況。
「そうじゃないとすると……」
「クラスで撮る映画です! 文化祭の!」
「なんだつまんない。ふつーだね」
あげた顔をまたソファーに埋め込み、睡眠体制に入るよりさん。
この人は休み時間や放課後に放送室へ顔を出すとかなりの確率で寝ている。なのになんでこんなにちっこいかな、寝る子は育つってのは嘘だな。
「なにかいったー?」
「いいえ何も? さてデジカメは何処だったかな」
軽くいなしてデジカメを捜す。確か録画機材はこっちのロッカーにまとめておいたはず……ん、あった。
「それじゃこれ借りますよ」
「あー、ちょっと待ったぁ」
ソファーからがばっと起き上がったよりさんはそのまま部屋の隅にある机へと足を運び、何か書類らしきものを取り出した。
「ちょいちょい、これに自分の名前と機材名、借りた理由とかもろもろ書いておいてね」
「あーはい、わかりました」
書類を手渡され、机に座り書類を書く。結構書くところあるな……
「んー? 共同責任者が小海サン?」
「そうですよ、彼女が演技指導で俺が撮影兼監督ってヤツです」
「ふーん……のりちゃん小海サンのこと狙ってるの?あのコ可愛いもんねー、三年の女子の中でも有名だよ?」
「な、何言ってるんですか! 狙ってなんかいませんよ!」
「えー、立場的にめちゃくちゃチャンスあるじゃんよー。監督なんだから手とり足とり腰とりと……」
手をわきわきとさせながら口の端を上げて笑うよりさん。小悪魔のようという表現がぴったりだ。
「そんなことしませんよ……はい、これで書類いいですか?」
「……ん、おーけー」
一転して真面目な顔つきで書類を読み、不備をチェックするよりさん。こういった所ではしっかりしているんだけどな……
「それじゃ、お疲れ様です」
「あい、おつかれー。しっかりやるんだよー」
少し会釈をし、後ろ手にドアを閉める。
俺が監督ねぇ……手に持ったデジカメの重さを確かめながら考える。恋愛物だからアクションシーンを撮るわけでもないし、台本を考えるわけでもなし。下手に役をもらって映画に登場したいというわけでもない。
そう考えると、適役なのかもしれないな。


学校を出てぶらぶらとゲーセンや本屋に寄って、家に付いたのは日も落ちきるかという時刻。部屋に入って鞄を置いたと同時に携帯電話が鳴りだした。美久だ。
「小海だが、秀則か?」
「おう、今家着いたところだから少し待ってくれ。充電器充電器っと」
ベッドの隅に置いてある充電器に携帯を差し込み、俺自身はベッドへと腰かける。
「ふむ、こんな時間まで何をしていたんだ?学校はもっと早くに閉まるはずだが」
「まぁまぁ、駅前のゲーセンとか寄っていたわけだ。あまり気にするな」
「これから夏休みとはいえ、だらけきった生活じゃいけないぞ? それにこれからの撮影もあるんだからな、身体には気をつけてもらわないと」
「美久はうちの母親みたいなこと言うな、そんなの言われなくてもわかってるっての」
「もっと手のかからない子に育ってほしかったな」
「美久、それマジで落ち込むからやめてくれ」
電話越しにふふっと笑う声が聞こえる、人を安心させる包容力のある声だ。
「本題に入ろうか。監督は秀則、演技指導は私ということはわかっているだろうが、他の役職についてはどうだ?」
「すまん、まったくわからない」
美久の声が止まる。美久のあきれ顔が想像できるほどの間があく。
「いいか? これから配役を言うからきちんとメモをしておけ」
「了解、ちょっと待てよ……頼む」
美久の読み上げる内容をメモに取る。
漢字がわからない部分があるたび少し情けなくなるが、なんとかメモし終えた。

監督・八木沢秀則(やぎさわひでのり)
演技指導・小海美久(こうみみく)
脚本・歌柄岬(かがらみさき)
メイン男役・加藤信也(かとうしんや)
メイン女役・千葉珠樹(ちばたまき)
その他・クラス全員

あえて自分の名前を書くというのも気恥ずかしいが、こういうのはキッチリさせたいから仕方がない。
しかし、このその他の多さは異常だと思うのだが。
「なぁ美久。その他ってヤツラ多すぎじゃないか?」
「ふむ、岬に聞くと話の流れからするとメインの二人以外はオマケにすぎないらしい。なので撮影日に連絡を取って、参加できる人間にやってもらおうという事になった」
「マジか」
「もちろん全員が何かしらの役として出なくてはいけない。そうでないと文化祭の作品とは言えないからな」
「とはいっても、通行人みたいな役のヤツだっているんだろ?俺もそっちがよかったなぁ」
「しかし秀則は放送部だろう?クラスの人間の誰よりも監督に向いていると思うぞ」
「そういうもんか……仕方ないな」
「それで、さっそくだが明日話し合いをしたい。岬にはどんなストーリーかは聞いてはあるが、具体的な作業として撮影に必要な場所の手配や皆のタイムスケジュールをチェックしないといけないからな」
「夏休み初日から出るのか……めんどくさいなぁ」
「監督に休みはないぞ? むしろ秀則には率先して動いてもらいたいものだ」
確かに、場所の手配やタイムスケジュールなどの雑用こそが俺に求められているものだ。それを今は美久に任せっきりにしてしまっているわけだ。それではいけないだろう。
「了解、頑張ってみるわ」
「期待してるぞ? 明日は朝十時に学校の図書館に集合だからな。寝坊したりするんじゃないぞ?」
「そんなことしないって、今までだってちゃんと遅刻せずに行ってただろ?」
「いや、秀則なら夏休み記念などといって夜遅くまで遊びかねないからな」」
「それは……ないとは言えないけどさ」
「今年の夏は私とずっと一緒だ。そんな生活を送っている暇はないぞ?」
美久の一言に胸が熱くなるのを感じた。
深い意味を持っているはずはないが、健全な男子としては心が浮つくのも仕方がないだろう?
「まぁ、あれだ。今夜は徹夜とかはしないから大丈夫。安心して待っていてくれ」
「期待しているぞ?それじゃ、また明日」
「ああ、また明日な」
携帯電話の電源を切り。ベッドの片隅へと置く。
鞄の中には帰りがけに買った新作ゲーム。開けたら、止まらないよな。
ゲームの入った袋を取り出し、清香の部屋へと向かう。
清香の部屋のドアにはファンシーな熊の人形が垂れ下がっている。しかしその熊はノブを軸として首吊りをしているような姿だ。狙っているのかどうか分からないが不憫な気がしてならない。
熊に対して敬礼をしたのち、ドアを叩く。
「おーい清香、今いいかー」
「入っていいよー」
ドアを開けて中に入る。最初に目に入るのは侵入者を真っ直ぐに見つめる牛と馬のぬいぐるみだ。清香がそういう話を知っているかどうかは別として、中々にいい趣味をしていると思う。
ざっと周りを見渡してみると、新しい住人が二十体くらい増えていた。さすが小遣いのほとんどをゲーセンで使っているだけはある。
「兄貴、用件は何?」
ベッドに寝転がり少年誌を読んでいる清香が俺に言う。
「ゲーム買ってきたんだけどさ、俺今やらないから先やっていいぞ」
「マジ!? 兄貴が先にゲームやらせるとか珍しいんだけど。いや、今まで無かったと思う。どんな心境の変化?」
「色々あるんだよ、ほら持ってけ」
うつぶせ状態の清香の背中へと袋を投げる。
「これ今日発売のヤツじゃん! マジでいいの?」
「約束事、内容について話さない。俺の目につく所に置かない。本体に入れっぱなしにしない。これだけは守れ」
「オッケーオッケー。兄貴ありがと!」
「ちゃんと守れよ。ゲームは一日一時間な」
「兄貴、いつの時代の人間だよ」
そういいながら早速袋を開けだす清香。これで遅刻は免れるだろう。撮影が終わったらいやってほどやってやるからな!

学校の図書館は夏休みも開放されている。
夏休みでも教養を深めるために、との学校側からの配慮なのかは知らないが、そういう目論見ならばまったく効果を成していないと言える。クーラーはついているし静かだし、インターネットもできる、なのに人は全くいない。夏の課題をやるときはここにくるか……
「秀則。話は聞いていたか?」
「あ、すまん。何の話だ?」
目をつぶり、ふっと溜息をつく美久。つと右手の人差し指で眼鏡の位置を直す。その目には諦めにも似た感情が込められている気がした。
「秀則はそんなに簡単に約束を破る人間だったのか、知らなかったよ」
「いや! 徹夜とかはしてないって! 少しぼぅっとしていただけだ。で、どうするんだっけか?」
テーブルについている全員に向かって言う。
俺を中心として、右側に美久と歌柄さん。左に加藤と千葉さんという形だ。
メインの役どころの加藤と千葉さんの二人は付き合っていて、映画の内容が恋愛物になった瞬間クラスの大勢から持ち上げられて抜擢されたらしい。
「加藤と千葉にはほぼ毎回きてもらうことになるな、迷惑をかけるがスケジュールは外さないように頼む」
「大丈夫よ、あたしはいつも信也と一緒だから。ね、信也」
「もちろんだって、珠樹」
 二人して満面の笑みを向け合う。一瞬にして周囲に甘い香りが立ち込めたような気さえする。
「ふむ、それなら大丈夫そうだな。秀則、君も毎回くることは必須条件なのだがそれは大丈夫か?」
「問題ないよ、ちゃんと毎回くるさ」
「特に用事もないし、趣味といってもゲームくらい。加藤みたいに彼女がいるわけでもない、そんな学生が夏休みに暇じゃないことなんてあるだろうか? そう考えると他の暇をもてあましている奴らよりかは楽しい夏休みじゃないかと思う。
「歌柄さんはどうするの?」
台本を書いてくれた歌柄さん、クラスでもあまり話をしている姿は見ない。しかしこの学校で図書館を利用している人で歌柄さんを知らない人はいないだろう。図書委員である歌柄さんは朝の八時から八時半、昼休み。放課後と図書カウンターで作業をしている。図書委員全員で持ち回りのはずなのだが、やる気の無い生徒が大半の図書委員会、いつのまにか歌柄さん一人でカウンターをすることになってしまったらしい。
「美久ちゃんに、任せます」
少し視線を俺へと向けた歌柄さんだったが、一言いうと手に持った台本へとまた視線を戻した。
「いや、でも歌柄さんって凄いよね。いきなり台本書いてってことになったのに次の日には書き上げてくるなんてさ」
「岬は文化祭で出すはずだった本をクラスへと提供してくれたんだ。とはいえ凄いということは私も同意だ」
「へー、そうだったんだ。歌柄さんありがとう」
「……はい」
歌柄さんは視線を台本に視線を落としたまま言葉少なに返事を返す。それでも褒められたことは嬉しいのか頬は赤らんでいる。
「それでは昼も近いし解散にしようか」
美久の号令で解散となる。
「それじゃいこっか、信也」
「よーし、今日はどこ行こうか」
加藤と千葉さんは腕を組んで図書館を出て行った。正直見ていてこっちが恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりだ。俺はもし彼女ができたとしてもああいうのは勘弁だな。
「それじゃ、俺も帰るかな」
「待て、秀則には仕事がある」
「お、おお、なんなりと言いつけてくれ。まだ仕事らしい仕事してないからな」
今まで何も仕事をしていない俺としては、仕事を言いつけてくれたほうがかなりラクだ。
「ちょっと待ってくれ、今プリントアウトしてくる」
そういって美久はパソコンスペースへと足を運ぶ。ほどなくして一枚の紙を持って帰ってきた。
「これらの場所の使用許可を取ってきてくれないか?」
「屋上と、倉庫と、小学校のプール……?」
「うむ、プールは外せないようだ。そうだな?」
「外せません」
「わかった。それじゃ俺は行ってくるけど、二人はどうするんだ?」
「演劇部の集まりがあるからな、もう少しでいなくなる」
「私は、ここにいます」
「了解、それじゃ後で顔出しに来るわ」
荷物をまとめて席を立つ。とりあえず職員室で先生に話をしてみるか。
「頼んだぞ」
「任された。美久も頑張れよ」

職員室前はまさに地獄。廊下の窓は南向きであり、太陽の光がすべてを焼きつくすかのように照りつける。
紙を置いて一時間も待てば燃えているんじゃないかと思えるほど。エアコンが聞いた図書館から一分の行軍がこんなにツライものとは……太陽、おそるべし。
「入りまーす」
入室者はノックすること、というプレートに従ってドアをノックしてドアを開ける。
職員室に入った途端に涼しい風が俺を包む。冷房万歳。中を見渡すと、担任が机につっぷしているのが見えた。
「先生、起きて下さい」
「ん? あぁ、八木沢か。どうした?」
「どうしたじゃないですよ、職員室で寝てるなんて仕事はどうしたんですか」
「いやいや、家はエアコンが無くてな。涼みにきとるんだ」
先生、今の時代エアコンくらいは……少し悲しくなった。
「映画撮影の件でお願いがあるんですけど、屋上と倉庫の鍵貸してくれませんか?」
「鍵か、あれは手続きが面倒なんだよな」
そういって机の中を探る先生。
「お、あったあった。これが倉庫の鍵だ。合鍵だから無くすんじゃないぞ」
「いいんですか?」
「八木沢を信用した。それに小海もいるから大丈夫だろう」
俺だけじゃ信用はできないけど美久がいるから大丈夫ってことか。何かひっかかるものはあるけれど気にしないことにしよう。
「倉庫はそれでいいとして、屋上は全面立ち入り禁止だからな。さすがに鍵を貸すことはできない」
「マジですか?」
「うむ、俺が立ち会うという形でも駄目だ」
これはツライな、いきなり撮影プラン変更の可能性が出てきたな。
「あー、わかりました。それじゃ倉庫の鍵だけお借りしていきます」
「すまんな」
一応図書館寄って帰るか、そう思いながら職員室のドアを開けようとした時。
「そういえば」
「へ?」
先生が俺を見た後、すぐに目をそらす。
「今では無くなったが、昔は屋上に放送部が勝手に出入りしていて困っていたもんだよ。どうやって入り込んでいたんだか不思議で仕方ない」
「それって……」
「そういうことだ。屋上の鍵は貸せない。俺にはそれしか言えん」
「了解です。ありがとうございます」
ふかぶかと頭を下げて退出する。先生、話がわかるぜ。

「そのドアを開ける音はのりちゃん!」
「なんでわかるんですか、むしろなんでいるんですか」
「涼しいし、静かだし。単純な理由だねー」
ソファーにうつぶせになって入り口に足を向ける態勢のよりさん。ミニのスカートが危ないことになっている。できるだけ見ないようにして部室備え付けの机をあさることにする。
「んー、なにやってんのー?」
「ちょっと探し物を」
「そんなところにコンドームはないよー、夏休み初日から不準備だねぇ」
「そんなもの探してません! 屋上の鍵です!」
「へぇ、屋上の鍵。野外プレイとはまた好きモノだねぇ」
よりさんと話しているとどうにもならない。ここは心を鬼にして無視しよう。物を入れる場所はこの机くらいだから何処かにあるはず……
「のーりーちゃん。無視するなよー、さみしいじゃんかー」
無視無視。
「放置プレイ?この日本において五十人のファンを持つより様を?」
五十人て、やけに具体的だな。
「もーう、邪見に扱うなよーう」
「ちょっと、もたれかからないでくださいよ」
「そんな扱いしてると鍵の場所教えてあげないよ?」
「え?知ってるんですか?」
完全に身体を預けた形のよりさんをフォローしながら向き直る。
「私を誰だと心える! 友原より十七歳、放送部の実権を握る学園のアイドルだよ?」
「それはどうでもいいんですが、鍵を」
「のりちゃん冷たいわー、朝一番の井戸水くらい冷たいわー」
そういってよりさんは椅子を持ち出し、壁にかけてある昔何かの賞でもらった賞状の入った額へと手を伸ばす。
「椅子支えておいてー」
「わかりました」
「覗いてもいいよ?」
「覗きません」
そんなやりとりをしながらよりさんは額を取り外し、その裏に張り付けてあった鍵を取り出し、また額を元に戻した。
「はー、そんな所にあったんですか」
「本当は入っちゃいけない場所だからね。管理は厳重にしないと」
「それじゃ、その鍵貸していただけますか?」
そう俺が言った瞬間、よりさんは椅子を蹴飛ばし俺の方へと滑らすとドアへ向かって走り出した。
「この鍵が欲しければ捕まえてごらんなさーい!」
「よりさ……待てやー!!」


「……って事があったんだよ」
「それは大変だったな、捕まえることはできたのか?」
「すまない、結局捕まえることができなかった」
「それでは鍵は手に入らなかったと?」
「いや、鍵に関しては大丈夫なんだが、鍵との交換条件として撮影の時混ぜろって言われて……」
「承諾したと?」
「そういうことだ」
電話越しに美久と話す。
結局あの後縦横無尽に学校内を走り回るよりさんを捕まえることができず、ギブアップした俺に対してよりさんが出した条件が『撮影に混ぜろ』ってことだった。勝手に約束しちまったけど、仕方ないよな。
「友原先輩が見に来るのか、それは下手な芝居はできないな。あの二人にはしっかりと演技してもらわないと」
「美久はよりさんの事知ってるのか?」
「あぁ、去年の文化祭で手伝ってもらったんだ。やはり部内以外からの意見も取り入れないといい作品は作れないからな」
「それじゃ、むしろ来てもらってよかったんだな。安心した」
「そうとも言えないぞ?下手な芝居は出来ないし、撮影する監督の手腕も問われるからな」
「マジか……頑張らないとな」
よりさんがいろんな所に顔を出している人だとは知っていたが、放送部はスポーツ系の部活の紹介が主だから演劇部にまで顔が通じているとは思わなかった。
「それでは、日程を言うぞ……」

一日目、加藤と千葉が来るも予定していた他の人がいきなりこれなくなり、急遽演技練習をして終了。
二日目、滞りなく撮影。途中でよりさんが乱入していろいろと演技に注文をつける。
三日目、隣の小学校でプールを使って撮影。あやうくデジカメを落としそうになるが身を呈して守る。
四日目、ラストシーンを残して撮影終了。先生が差し入れでアイスをオゴってくれた。しかし人数分あったはずなのに俺の分は消えていた。

そして、最終日。今日で撮影も終わる。そう思うと少し悲しい気分もわいてくる。
昼過ぎに図書館に集まり、今日のシーンの最終確認。
夕方、夕日も沈むかという時刻。夕日が沈むまでの長くはない時間で撮影を終えなくてはいけない。
「それじゃラストシーン! スタート!」
まずは屋上に加藤が飛び込んでくる所を撮る。
男とヒロインは半分付き合っているような関係ではあるけれど、彼氏彼女の関係ではない。
いつか告白しようと互いに思っていたものの、ヒロインが他の男と付き合いだしたと勘違いした男が一方的にヒロインを避けるようになる。
しかしその勘違いに気づいた男が気づいた男が学校中を探し回り、最後屋上でヒロインを見つけ、告白するというシーンだ。
「ここに居たか……」
「見つかっちゃったね」
柵から夕日を眺めている千葉さんが振り返る。
「すまない、全部俺が悪かった。俺が勝手に勘違いして……謝らなきゃいけない」
「ううん、私も悪かったのよ。いつまでも、いつまでもこのまま友達みたいな関係でいられれば……そう思っていて、何も行動に移せなかったから……」
「いや、俺が悪いんだ! 御前が謝る事じゃない!」
「そんな事ない!」
加藤が千葉さんへと近寄り、千葉さんは加藤から視線をそらす。うん、いい感じだ。
「ごめんね……もう、駄目だよね……」
「そんな事ない! 俺は御前を愛している!」
ここで十秒ほど千葉さんだけを映す、千葉さんの表情で心の揺らぎを表現する。
「ありが……とう……」
千葉さんが加藤の胸にゆっくりと飛び込んでいって……加藤が千葉さんを抱きしめて……
「はいっ! OK!」
「のりちゃん見せて見せて!」
「ね? ちゃんと取れた?変な顔して無かった?」
「いくら演技だっつっても恥ずかしかったなー」
「加藤も千葉も、いい演技だったぞ? 恥ずかしがる事はない」
「よかった、です」
全員が俺へと集まってくる。そして俺の胸奥から何か熱いものが感じられる。うずうずするような、我慢しないと何か大声を出してしまいそうな感覚。たぶんこれが達成感ってヤツだろう。
「よーし! 皆お疲れ様ぁっ!」
「お疲れ様!」
気を引き締めないとニヤけてしまう顔を抑えて、大声でお疲れ様の声を出す。
「加藤、お疲れ。どうだったよ?」
「いやー、相手が珠樹でもさ、なんか演技していると違うんだよな。珠樹じゃない人間を相手にしているような」
「それは私のメイクのおかげかなー」
よりさんが俺と加藤の間に割り込んで入る。
「よりさん、本当にありがとうございました。撮影の仕方からメイクまで、いくら感謝してもしきれないですよ」
「そ、そんなオオゲサなー。私は勝手に入り込んだだけで、そんな感謝されるような立場じゃあ」
「いや、友原先輩のおかげで助かった部分は多いです。改めてお礼を言わせてもらいます。ありがとうございました」
「小海さんまで、やめてよー」
いつも皆の前で率先して行動しているよりさんが恥ずかしがる、これはまた珍しい光景じゃないか?
そーっとデジカメの電源をいれ、よりさんを撮影……
「あ、あぁー! のりちゃん何やってんのー!」
「何もやってないですよ!」
「嘘つくなー! 今撮ってたでしょ!渡しなさーい!」
「これはクラス全員の努力がつまったものです! 渡せません!」
「今の部分だけは削除しろー!」
「だから知りませんって!」
こんな単純な事がすごく面白い。美久も歌柄さんも心の底から面白がって俺とよりさんを見ている。
よかった、本当に監督をやってよかった。
高校二年生の夏休み、この思い出は一生忘れないだろう。

なんでこんな時間に起きてしまったのか。
やはり体内時計が撮影中の時間設定のままなのだろうか。
目覚まし時計を見ると七時、とりあえず顔を洗おう。
部屋を出ると少し涼しい。階段を降りて洗面所に向かおうとすると、居間から光が漏れていた。今日は親も仕事がないはずだから寝ているはずなんだが。顔を洗って居間へ向かうと、清香がゲームをしていた。
「兄貴、おはよう」
「あーおはよう、徹夜か?」
「うん、そう。兄貴起きるの早いね、昨日で撮影終わったんじゃなかったっけ?」
「あぁ、終わったんだけどな。まだ体内時計が戻ってないって感じだ」
清香に返答しつつ、冷蔵庫から麦茶を出し食パンをトースターへ。
「兄貴、私にも麦茶頂戴」
「ん、ほらよ」
「ありがと。そういえば今日は打ち上げだったけ?」
「あぁ、俺含めて四人でカラオケ行く予定」
「それで、兄貴は何か持っていくの?」
「持っていくって、何を?」
「兄貴監督だったんでしょ? だったら他の人を労う感じでさ、何か贈り物するんじゃないの?」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
ううん、そんな事まったく考えてなかったな。
「今金無いしな……安くて女の子が喜びそうな物って何かないか?」
「そうだねー、ぬいぐるみとかじゃん? ゲーセンでもとれるしさ。ってか、今日の打ち上げにくる人ってどんな内訳なの?」
「俺を抜くと、女性三名だな」
美久、歌柄さん、よりさんの三人だ。加藤と千葉さんは今日もデートだそうで、打ち上げには参加できないとか。
「ふーん、そう……ちょっと待ってて」
そう言うと清香はゲームを切り上げて二階へと上がって行った。俺はトースターから食パンを取り出し、ジャムを塗って食べる。
「はい、これ持っていきなよ。ちょうど三匹一セットのトリプルひっぽってヤツ」
「うわ、ブサイクなカバだな」
「兄貴、今これ女子高生の中で大人気なんだよ? たぶん喜ばれるはずだから。ゲームのお礼って事で」
コイツが大人気ね……確かに顔に愛敬がある、かな。一匹一匹少しだけ顔付きと尻尾の曲がり具合が違うのか。
「ああ、サンキュー。ありがたく貰っていくわ」
「それじゃ、私は寝るね。兄貴、頑張ってな!」
「あ?ああ、おやすみ」
とりあえず、これで準備はいいか。
しかしホント喜ばれるのかな、コイツら。


「遅いよーのりちゃん!」
「遅いって……まだ約束の十分前じゃないですか」
「何言ってるの! 男の人は彼女よりも絶対早く来る事、そして一時間待たされたとしても笑って迎えてあげる事! モテる男の必須項目だよ?」
「へぃへぃ……彼女が出来たらそうしますよ」
集合時間の十分前、待ち合わせ場所の駅前噴水公園にはもう三人が集まっていた。
「私は別に気にしていないぞ。私が早くに着いてしまっただけであって、秀則に非はないからな」
「そういってもらえると助かるな」
「ぶーっ。歌柄さんはどうなの?」
「私も、気にしてないです」
「だーめだよ! ここはみんなでのりちゃんを責めて、今日のカラオケをオゴらせるように仕向けなきゃいけないところだよ!?」
そんな事考えていたのかよりさんは……これは次に集まる機会があったらもっと早めにこないと駄目だな。

カラオケの音が流れる中、部屋に備え付けられている電話が鳴る。
「はーい」
『終了五分前となりました、お片付けの用意お願いします』
「わかりました」
受話器を置いて席へと戻る。今はよりさんが予約の最後の曲を歌っているところだ。安いからと四人で六時間はやりすぎたな、俺の喉はもうガラガラだ。
途中から俺と歌柄さんはマイクを放棄し、美久とよりさんの歌を聞く側に回った。二人とも喉を鍛えているからか、最初と比べて声量も落ちないし歌もうまい。
よりさんの歌も終わり、テレビからは宣伝番組が流れ始めた。さて、そろそろプレゼントタイムへと移りますか。
「のりちゃん何やってるの?」
「ああ、皆にごくろうさまって形のプレゼント持ってきたんだ」
「プレゼント? それは嬉しいな」
「私がもらっても、いいのでしょうか」
「三人分あるから大丈夫。よいしょっと」
テーブルの上の物を退かして、一匹ずつカバのぬいぐるみを置く。
「秀則、これはトリプルひっぽ、だな?」
「そうだな」
お、やっぱりこれは人気のある物なのか。清香には感謝しないとな。
「これは、誰にどれを……」
「のりちゃん……やるね……」
歌柄さんとよりさんは何故か顔を赤くしている。うーん、誰にどのバージョンをあげるかは決めてなかったな。
「まず美久にはコレ」
美久には、このカバながらにりりしい顔をしているコイツかな、尻尾もまっすぐ立ってるし。
「で、よりさんはコレ」
よりさんにはコイツかな?尻尾がぐしゃぐしゃに丸まっていて元気そうな顔立ちだし。
「歌柄さんはコレ」
歌柄さんには、残り物ってわけじゃないけどこのおとなしそうなヤツかな。
「私は二号かぁ……やっぱり小海サンにはかなわないか!」
「二号? そいつ二号って名前なの?」
「あ、あれ? のりちゃん知らなかったの?」
「実はそのぬいぐるみ、妹から回してもらったヤツでさ。俺自身はそのトリプルひっぽってキャラクター全然知らないんだよ」
「そうなんだ! 歌柄さん! セーフだよ!」
「え、いや! 私はセーフも何もないです……」
「私が一号か。秀則、ありがとう」
「みんな、撮影ご苦労様でした」
「ご苦労様でした!」



日も暮れたころ家に着く。夏なのに街灯が点き始めているということはかなり遅くなっちまったな。
玄関のドアを開けて、座りながら靴を脱ぐ。
「兄貴、おかえり! どうだった?」
「ああ、面白かったよ」
「そうじゃなくて、ぬいぐるみはちゃんと渡せた?」
「渡したけどさ……なんか反応がイマイチだったというか、おかしかったというか。あのぬいぐるみって何かあるのか?」
「ちょっと待ってて、今説明書持ってくる」
そういって何かを取りに行く清香、俺はその間に手洗いうがいだ。健康には最低限気を使わないとな。
居間のソファーに座り込むと、どたどたと階段を降りてくる音。居間へと顔を出した清香は無言で俺に女性誌を渡すとそのまま自分の部屋へと戻っていった。
ピンキーというか、ガーリィというか。俺が読む雑誌とは全然違う毛色で少し戸惑うが、目次にアイテム大特集という欄を見つけたのでそのページをめくる。
『今大人気のトリプルひっぽ! 自分の気持ちに素直になって、一番好きなオトコノコに一号を渡しちゃおう! そうすればその恋を一号が叶えてくれるかも!』
ちょっと待て!あのぬいぐるみにそんな意味があったのか!?
「清香! 御前知ってて俺にアレを渡したんだな!?」
階段を駆け上がり、ドアに手をかける。よぅ首吊り熊、御前のカタキは俺が取ってやるぜ!
うぉ、鍵かかってやがる!
「兄貴良かったね! これでちょっとは女っ気もでるんじゃないの?」
「うるせー!」

映画撮影が終わって一週間、編集作業も終え、夏休みを満喫できると思っていた。
朝、といっても昼前、夏休みを過ごしている人間なら当たり前の時間。枕もとの携帯がメールがきていることを示す光を放っていた。
「話があるから学校に来てくれ」
加藤からのメールだった。
今まで映画に関するメールは美久にしていた加藤が何故か俺に直接メールをしてきた。
俺はこの時点では楽観していた、しかしこれはとんでもない事の始まりだった。

「映画なんだけど、放映しないで欲しいんだ」
「はぁ?」
加藤に呼び出されてきた学校。
図書館に行くと歌柄さんがいるから駄目だということで、俺らは教室で話をすることにした。
そして、加藤は開口一番予想外の事を口にした。
俺はまったくその言葉を理解できず、頭の中がハテナマークで一杯になった。
「いや、どうしたんだよ」
「俺、珠樹と別れたんだよ」
それって、別れたからカップルを演じている姿を見せたくない。だから放映しないでくれって事か?
皆で真剣に映画を作ろうって頑張ってきたんだろ!?
「ふざけんなよ! そんな理由で放映中止とかできるかよ!」
「俺だって無茶な話だってわかってるよ!」
コイツは何を言ってるんだ?わかってるだと?何もわかってないじゃねーか!
俺はともかくとして、美久がどれだけ演技指導に力を入れてくれたか判ってるのか?美久は演劇部の練習の合間をぬってこっちに来てくれていたし、スケジュール合わせもしてくれたんだぞ?それを無かったことにしろだ?
そんなの認められるか!
「御前簡単に言うけどな! どれだけ皆に迷惑かかるか判ってるのか!? 趣味で撮った映画じゃないんだ、皆の思い出作りのための映画なんだぞ! それを御前の勝手な意見で変えられるはずないだろ!」
「頼む……」
その後加藤は俺の罵倒を聞きながら三十分ずっと謝り続けていた。
俺は途中から自分でも何を考えて喋っているか判らなかった。ただ悔しいという感情だけが空回りしていたんだと思う。
加藤が帰ってからも俺はずっと立ちつくしていた。
「そうだ、美久に連絡しないと」
そんな事もすぐに考えつかないほど俺の頭は混乱していたらしい。
最初は何も考えずに始めた映画撮影、それでも撮っているうちに愛着が湧いてきたんだろう。
たぶん、そういうことだ。
携帯電話を手に取り、美久へとかける。
コール音がちょうど四回なって美久がでた。
「どうした、秀則から電話とは珍しいな」
「ああ、加藤から相談があるって聞いてな、今話をしていたんだが」
「それは千葉も絡んだ話だな?」
「そうだ。美久にも話がいってたのか」
「加藤は秀則に、千葉は私に相談を持ちかけたみたいだな。電話では話し合いもできないだろう、今秀則は何処にいるんだ?」
「俺は今学校にいるけど」
「わかった。それでは私も学校へ向かう、図書館で待っていてくれ」
「了解、待ってるよ」

「私的には二人の意見を尊重してあげたいと思う」
「それじゃ、映画は上映しないってことになるのか?」
場が重苦しい雰囲気になる。歌柄さんもよりさんも口を開かない。
そりゃそうだ、誰だってこんな事態は想像しなかったはずだ。今から配役を組み直すっていったって、一度撮り終わったものをまた撮り直すといったらモチベーションが下がるに決まっている。
それに美久の演劇部の練習も佳境に入ってきている。これ以上時間を割かせるわけにはいかない。
「どうにもならないって事じゃあないよねー」
「よりさん?」
「今まで時間がかかっていたのは演技指導とか撮影する角度を決めたりすることだったし、撮り直す事は可能だと思う。のりちゃんがやってくれれば」
「俺がやるの!?」
「確かに、秀則は撮影していたし編集もやったからな。どんな雰囲気で演技していたかわかるんじゃないか?」
「女役は小海サンがやればいいと思うし、ね?」
確かに撮影したし、何度も編集で見直したからセリフも演技も全部頭の中に入っている。だけど付き合ってもいないのに手を組んだりじゃれあったりするような仲の良いシーンをやるってのはやっぱり抵抗がある。
「私は、美久ちゃんと八木沢君に、やってもらいたいです」
歌柄さんが俺と美久を見てしっかりと言い切る。撮影中いつも皆と離れた位置で見ていて、何も口出しをしなかった歌柄さんがだ。なんとしても映画を完成させたい、そんな願いが歌柄さんから感じられる。
ああくそ!こうなったら毒を食らわば皿までだ!やってやろうじゃないか!
「わかった! 男役は俺がやる!」
「おお、さすがのりちゃん! やるときはやる男だねぇ! かぁっこいい!」
「別にかっこよくないですよ、ただのヤケクソですって」
「例えヤケクソでもやる人間とやらない人間じゃ全然違うよ? まぁ男性諸君はやってない女性がお好みのようですがっ」
にっひっひと笑うよりさん、この人はどんな時でもセクハラまがいの事を言わないと気がすまないのか。
「俺が演技するんですから、よりさん撮影してくださいよ」
「えー? 私がやるの? めんどくさいなぁ」
「推薦者はそれ相応の責任を持つのが普通じゃないですか?」
「のりちゃんがパワーハラスメントかけてくるとは思わなかったよ……でもいつかそれが快感に変わってしまう時がくるかもしれないのね? 私頑張るよっ!」
両手で肩を組みながら身震いするよりさんを横目に、俺は美久がどうするかを伺う。確かに美久が女役をやってくれれば撮影は順調に進むし、しっかりとした演技の物が出来るだろう。でも美久は演劇部があるから出演は控えるって言ってたよな。
「私は構わない。秀則もやると決めてくれた。時間が惜しい、今から取り直すシーンを検討しよう」
「そ、そうか。それじゃ、検討するか」
図書館のパソコンに四人で集まり検討をする。編集で切ったシーンも多くあるし、意外と早く撮りなおせるかもしれない。
そう思いはしたがやはり主演二人のシーンは多く、他の人間が絡むシーンもある。
「やっぱりこれはキツイだろうなぁ……」
「そうでもない、うまく時間配分すれば今日明日で撮影は終わらせられる。今からならまだ遅くない……私はクラスの女子に連絡を入れる、秀則は男子の方に連絡を頼む。今日中に私と秀則のシーン以外は終わらせてしまおう」
「わかった、そっちは任せた」
「それじゃ私と歌柄さんはタイムスケジュールの設定しよっか!」
「はい」
クラスの男子に電話を入れながらPCを見て、今日撮るシーンのセリフを覚える。
俺だって監督だしな、ちゃんと最後までやらないと駄目だよな!

「今日はお疲れ様」
「なんとか撮れたなー」
いつもの時間に美久と電話をする。
「撮るのも疲れるけれど、やっぱり演じる方が疲れるな。何回も撮り直しになっちまったし」
「いやいや、初めて演技するにしては中々スジが良かったぞ?」
「お世辞はいいって。まぁイチからやるよりは撮影編集していた分マシな演技は出来たとは思うけどな」
「うむ、今日の出来ならば明日の二人だけのシーンも期待できるというものだ」
「二人だけのシーン、か……」
正直なところ今日撮ったシーンのほとんどは日常シーン、恋人関係やそういったものとは程遠い普通の友達としての会話シーンばかりだった。
だから普通にしているだけでよかった、NGが少なかったのもそういう事だろう。
しかし明日は違う、明日は美久と付き合っている設定のシーンばかり。彼女いない歴が年齢と同じ俺がうまくやれるだろうか。
「どうかしたか?いきなり黙り込んで」
「いや、明日ちゃんと出来るか心配になってな……明日は結構、ほら、そういうシーンが多いじゃん」
「恋愛的なシーンが多い、それが秀則には心配だと」
「そういう事だ」
「ならば、私を彼女だと思えばいい。私も秀則の事を彼氏だと思って演技をする」
「あ、ああ。確かにそう思うといいかもな……とりあえず、台本読んで練習しておくよ。それじゃ」
「うむ、頑張ってくれ」
携帯電話を切り、ベッドへと倒れこむ。ベッドの端に置いた台本がするりと滑り床へと落ちる。
「彼女だと思えばいい、か。確かに美久が彼女だったらいいよなぁ……」
台本を拾い、読み直す。ラスト、屋上での告白シーン。男役の決死の告白を女役が受け止めるシーンだ。
「俺は御前を愛している!……っつあー!」
自分の部屋で言うだけでもこっぱずがしいというのに、これを美久に向かって言うのか!?
これはキツイな……



屋上のドアの前、俺は深呼吸をして気を落ち着ける。
前回の最終日とは違い、午前中からずっと撮影をし続け、なんとか夕方までにラストシーン以外の全シーンを撮り終えた。しかし、時間はない。これ一回で夕日は落ちてしまうだろう。そうなるとまた明日だ。
 今日一日やって俺は自分の演技力の無さに嫌気がさした。昨日の日常的なシーンとは違って二人だけのシーンはもろに演技力の差が出る。美久の演技は完全に役になりきっていて、非の打ち所がない。それに対して俺はNGを連発、最初の方など美久の顔を見続けることができなくてのNGさえあったほどだ。
それでもなんとかやり続け、NGの回数も減ったし美久の顔も正面から見る事ができるようになった。
もしこれで家に帰って、この経験がリセットされたらどうしようもない。
「のりちゃん!用意はいい!?」
「は、はい!」
声がうわずる、やばい、緊張してきた。
落ち着け!失敗は許されないんだぞ!
「先輩、少し待ってください」
「小海サン?」
ギギっと音を立ててドアが開き、夕日を浴びた美久が俺の前に立つ。
「秀則、緊張しているな?」
「あ、あぁ。緊張しているな……すまない」
「気にするな、緊張しているのは私も一緒だ」
「そうなのか?」
美久の顔つきからはあせりの表情は見えない、しかし美久が自分で言うのならば本当なのだろう。
「私はな、秀則と居る時はいつも緊張しているんだ」
「え?」
美久は笑っていた。
「気づいていなかったか? 私は秀則と居る時はいつも胸がドキドキしているんだ。今だってそうだ」
「あ、あぁ」
半端な返事しか出来ない。これはどういう事だろうか。
「私は秀則の事を彼氏だと思って演技をしている。そして秀則には私の事を彼女だと思って演技してほしい。それならば互いに緊張するのは普通の事だろう?」
「確かに、そうだな」
逆なんだ、緊張している事は悪いことじゃない。普通なことなんだ。
「ありがとう、それじゃ遠慮なく美久の事を彼女だと思わせてもらう」
「そうしてくれ」
「小海サン! のりちゃん! そろそろ本番しないと!」
「それじゃ! 頑張ろうな美久!」
「期待してるぞ」
美久がドアの向こうへと消える。深呼吸をし、自分が緊張しているのを確認する。
「それじゃ始めます!スタート!」
ドアを開け、走りこむようにして屋上へと出る。
「ここに居たか……」
「見つかっちゃったね」
美久が振り向き俺に向かって言う。大丈夫だ、緊張はしているけれどちゃんと台詞は言える。
「すまない、全部俺が悪かった。俺が勝手に勘違いして……謝らなきゃいけない」
「いや、私が悪かったんだ……」
「え……」
ここは、こんな台詞じゃない。美久はどうしたんだ?
「私はいつもあなたの事を見ていた。あなたと一緒に居る事が凄く幸せだった。あなたの事が好きだという事も自分で気づいていた。しかし、何も言い出せなかった。告白して受け入れてもらえなかったら……そう考えたら何も出来なかった」
「いや、俺もだ。俺だって御前といる時はすごく楽しかった。同じだ、同じなんだよ!」
美久は本当に俺の事を彼氏だと思っているんだ。なら、俺も美久の事を彼女だと思わなければ失礼だ。
「すまない……もう、遅かったな……」
「そんな事ない! 俺は御前を愛している!」
美久は俺をじっと見つめ、俺へと向かってくる。
そのまま美久は目をつぶり、顔を近づける。
そして、俺と美久は、キスをした。

「は、はぁい! おっけー!」
長いキスの後、見つめあっていた俺と美久を現実に戻らせたのはよりさんの声だった。
そして現実に戻った俺は美久とキスしてしまった事に気付く。
「み、美久! すまん! なんか、な、美久の演技に飲まれたというか……すまん!」
恥ずかしくて申し訳なくて美久の顔を見ることができない、頭を下げて謝る事しかできない。
「いや、それだけ演技に集中していたということだ。気にしないでくれ。それで先輩、撮影のほうはどうだった?」
美久は何もなかったかのようによりさんへと話をふる、良かった、気にしていなかったみたいだ。
「うん! 撮影の方はバッチリだよ! でも、キスシーンまで使っちゃっていいのかな……」
「そこは私が一番いいと思ったシーンだ、使ってもらいたい」
「私も、いいと思います」
よりさんの忠告に対し、美久も歌柄さんもゴーサインを出す。こんなシーン使っていいのか!?
「秀則は駄目か?」
「駄目じゃあないが……」
「それでは使ってくれ、編集、期待している」
美久に押される形で、なし崩し的にあのシーンが使われる事が決定した。
あのシーンを俺が編集するのか!?
「お疲れ様でしたぁー!」
「お疲れでした!」
よりさんの声に対し三人で声をあげる。
しかし、俺の声は前回の撮影終了時よりも小さいものだった。


よりさんと歌柄さんと別れ、駅まで美久と一緒になって帰る。
その途中、俺は気になっていた事を思い出した。
「なぁ、なんで美久は女役をやってくれたんだ?演劇部とのブッキングは嫌だって言ってたよな」
「その事か」
ふわっと俺たちの間を通り過ぎる風、顔にかかった髪を手で元に戻す美久。その顔の一点、唇に目が行ってしまい少し恥ずかしくなる。
俺、美久とキスしたんだよな……
「私にとって秀則の恋人役をやるということは、何にも変えがたい事だった。私は前々から秀則に好意を抱いていた、チャンスがあるならばやらないわけがないだろう?」
「そ、そうなのか」
「今回の映画撮影でますます秀則の事が好きになった。これからは『彼女役』ではなく本当の彼女にしてもらいたいのだが、どうだろうか?」
夕日のせいなんかじゃない。美久の顔は少し赤らんでいる。これは美久からの告白なんだ。
「俺でいいなら、喜んで、だけど?」
「ふふ、さっきの演技のようにはいかないみたいだな」
「しょうがないだろ! こんな事俺は初めてなんだから!」
「それでは今から私と秀則はカップルということだな? 後先が逆になってしまったがそれもいい思い出だろう」
「後先って?」
「ファーストキスの事だ。私としては最高のシチュエーションだったから何も文句がなかったが、秀則は嫌だったか?」
「いや、俺も最高だった」
俺の顔はたぶん真っ赤になっているだろう。自分でも熱を帯びているのがわかる。
夕日に染まった美久の顔は大人びたいつもの雰囲気とは違ってとても可愛らしかった。


文化祭の最終日。
一日目から反響を呼んだうちのクラスの映画は毎回満員御礼で、クラス中が活気に、そして喜びに満ちあふれていた。呼び込みをする必要もないのに呼び込みをしてしまい、整理券を急遽作って配るほど。俺が外を歩いていると映画を見た人から指をさされ、話し掛けてくる人さえいたくらいだ。それに相乗効果もあったのか、美久の演劇部での出し物も演劇部設立以来の大盛況だったらしい。
 最後の上映も終わり、演劇部の活動を終えた美久も教室へと帰ってきた。
「美久、お疲れさん」
「ありがとう。さっき演劇部のほうにも顔を出してくれていたな」
「男役だったんだな、凄くかっこよかったよ。お世辞じゃなくて」
「それは嬉しいな。しかし私としてはもっと女性らしい私を見せたいとも思っているのだが」
「いやいや、今でも充分だって」
俺と美久が話しているとクラスの女子が集まってきた。邪魔になるだろうから俺はその輪から抜け出す。教室の窓に腰かけて途切れ途切れ聞こえてくる美久達の話を聞いていると、加藤がバツの悪そうな顔付きで俺へと近寄ってきた。
「悪かった」
そう言って頭を下げる加藤。今では俺は加藤に対して怒りを覚えていたりはしない、映画もなんとか作れたし評判も良かった、それで俺にはもう充分だった。
「もう、その事はいいから。謝らなくていい」
加藤だって千葉さんと別れて傷ついているだろう、これ以上攻める必要は何もない。
「信也〜、何やってるの?」
「あぁ、八木沢に映画の件を謝っていたんだ」
「八木沢君あの時はほんとごめんね、いきなりあんな事言いだしちゃって。でも八木沢君と小海さんがやったほうが私達がやっていた時よりもいい映画になったから、むしろ良かったのかな?」
「え?あれ?加藤と千葉って別れたんじゃなかったっけ?」
「それがねー」
そういって加藤の脇をつつく千葉さん。
「前日にクラス全員で映画を見たじゃない?その後信也にもう一度付き合ってくれって言われちゃって!指輪もらっちゃたの!キャー!」
ってことは何か、加藤と千葉さんはヨリを戻したってことか……なんかもう、溜息しか出ないわ。
「悪かった」
「購買、一週間オゴリな」
「……わかった」
加藤に対してシッシと手を振ってやる。まぁうまくやれよ、といったところだ。
時計を見ると三時四十五分を差している。四時から閉会式だからそろそろ呼び出しの放送があるだろう。
今年も例年通りすべての出し物の中から大賞を選ぶらしい。クラスごとの出し物から一つ、部ごとの出し物から一つ、合わせて二つの賞が送られる。大賞授与者に盾を送るのは放送部の役目、来年は俺も壇上で賞を送る側の人間になる。だから今年は是非とも賞をもらいたいところだ。大賞を期待できるくらいの人の入りではあったはずだ。
『三時五十分になりました、クラス毎に体育館に移動を始めて下さい』
スピーカーからよりさんの声が流れてくる。こういう時は真面目なんだよなぁ。
「よーし、それじゃ皆移動するぞ」
担任の一声で皆が動き出し、廊下に整列する。
「今回は大成功だったな! 俺としては大賞で間違いないと思っている。選ばれた時は、八木沢!  小海! 御前ら二人で貰いに行って来い!」
「はい」
「わかりました」
担任に返事をし、美久へと視線を向ける。
「だってさ。うわ、少し緊張してきた」
「あまり気にするな。賞状を渡すのは友原先輩だろう?緊張することはない。しかし、内通しているようで少し気がひけるな」
「大丈夫、よりさんに限って審査に手心を加えるような事はしないよ」
「む……秀則は友原先輩の事をよく知っているようだな」
「まぁね、部活の時とかずっと一緒だし」
「秀則の一番良く知っている女性を、私にしてもらいたいな」
「み、美久!」
「何!? 八木沢君と小海さんてそんな関係だったの!?」
クラスの女子が一斉に騒ぎ始める。そっちに注意を向けていると、脇腹に鈍い痛みが走った。気がつくとクラスの彼女のいない男供が俺を取り囲んでいた。
「おい八木沢、どういうことだ?」
「げほっ、どうもこうもないだろ。いきなりボディーブローとかすんな」
「いつ小海さんと付き合いだしたんだ!? 吐け!」
肩をがくがく揺さぶられる。ヤバイ、コイツ目がマジだ。
「映画撮ってからだよ……それまで俺と美久は何もなかったって、本気で」
俺の一言で四・五人が腰から崩れ落ちる。戦意を喪失した他のヤツラはちくしょう、俺だって監督をやっていれば……と恨み節を言っていた。
「おい御前等! 静かに歩け!」
担任の一声で列を組み直す、俺の隣に戻ってきた美久に問う。
「なんで今あんな事言うんだよ」
「むぅ、今までに感じた事の無い感情で私自身困っている。君の一番でありたい、そう思ったら口に出てしまっていたんだ」
「あー、ちょっと黙ってろ……」
周りの女子からは好奇の目で見られ、男からは嫉妬の目で見られているのをひしひしと感じる。こんな体験初めてだ。
「すまない、私が何か悪いことをしてしまったみたいだな。謝る……嫌いにならないでくれ……」
「もういいから、黙ってろ。それに俺は怒ってない……照れくさかっただけだ」
最後の方の言葉は自分でも聞き取れるかというほど小さい声だったが、美久の顔付きが一瞬にして晴れやかな物になったから聞こえていたのだろう。
 暗幕で窓を締め切った体育館。オレンジ色に近い光が体育館中を照らしている。つい一時間前までバンドが演奏したとは思えないほど静かだ。
『文化祭、閉幕宣言。文化祭実行委員長お願いします』
よりさんのナレーションで壇上へと上がる上級生、お決まりの文句を述べて皆が拍手で労をねぎらう。
誰でも出来るように思える閉幕宣言だが、それ相応の責任を持ち文化祭が問題なく終わるように働いた人間だからこそ言える閉幕宣言なのだろう。上級生の目尻には涙が浮かんでいた。
役員の言葉、校長の言葉と続き、そして閉会となる。
閉会の言葉が終わると同時に、先生達は体育館を出る。この後の表彰式は完全に生徒の自主性に任せるというのがこの学校の方針だ。
『ミュージック、スタートォッ!!』
よりさんの掛け声でメタル系の曲が体育館のスピーカーから流れ出す。
数多くある部活の中、文化祭中に出し物をしないのは放送部だけ。ここからが放送部の本領発揮だ!
『おーまーたーせーしましたぁっ!文化祭は終わったけれど本番はこれから!司会はお昼の放送の看板娘、友原よりが担当しまーす!』
「イェ――――――――――――!」
「よりちゃん愛してる――――――――!」
「結婚してくれ―――――――――!」
『声援ありがとー!』
壇上を飛び回りながら、手を振って答えるよりさん。すぐさまクラス毎の列は崩れ去り、一部の男子が舞台前を占拠するようになった。毎度ながらこういう盛り上げ事はうまいなぁ。
『はいはい皆落ち着いてー! そこ!スカートの中覗こうとしないのー! 覗いていいのは、未来のだ・あ・り・ん・だけっ!』
「立候補しまーす!」
「俺も俺もー!」
「ここで見て死ぬなら本望!」
『御前等死んでこーい!』
体育館の前方では男達の唸り声が轟き、後ろでは笑い声がこだまする。
「友原先輩はさすがだな、あれだけ求心力のある人を見るのは初めてかもしれない。これは負けられないな」
「ま、まださっきの事引きずってるのか……」
ここはびしっと言っておかないといけないな。周りを見ると……よし、みんな壇上に注目してるな。
「なぁ美久」
「なんだ?」
「俺、美久の事好きだから。誰よりも大切にしたいと思ってるから」
ぼっ、と火がついたように顔を赤らめる美久。う、やばい、可愛い。
「君にはここ一番の度胸があると思ってはいたが……まさかこんな所で言ってくれる思わなかったぞ」
「言わないと駄目かなって思ってさ」
「私も、愛してるぞ」
「俺もだ……って、え、おい!」
感極まったのか、正面から俺に抱きついてくる美久。クラスの皆が!皆が見てる!
「ちょ、ちょっと美久! 離れろって!」
「嫌だ、君が私を愛してくれている事がわかったのなら、何も遠慮することはないからな」
美久の言葉によって、静まり返るクラス全員。そしてその静寂は少しずつ周りを飲み込み、それとともに注目は俺と美久へと集まっていく。これは、マズイ。
『おおっとそこの騒ぎの中心は……来年の放送部部長の八木沢秀則! そして演劇部のマドンナこと小海美久! 人気を集めた映画のメイン俳優二人組ではないですか! 私の集めた情報によればぁ……二人は映画を通じて愛を深めあって、ついに結ばれたとか!』
「うらやましいいいいいいいい!」
「小海美久ってあの演劇部のすげぇ可愛い子だろ!?」
「八木沢死すべし!」
前に集まっていた男達が全員振り返り、俺を凝視する。
よりさんやりすぎだろ!うわ、よりさんあっかんべーしやがった!狙ってたな!?
『はいはいみんな落ち着いてー。文化祭を通じてカップルが生まれる! どこに不自然な所があるのかな? 三年生は仕方ないけれど今の一・二年生には来年がある!しっかり文化祭の準備をして、来年も成功させてください! そして一緒に彼氏彼女をゲットしてくださいっ!』
うおおおおおおと湧き起こる歓声。
俺は来年こんな事が出来るのだろうか?
いや、これはやらなきゃいけないことだ。
「美久」
「なんだ?秀則」
「俺、頑張るわ。彼氏としても、放送部の部長としても」
自分からも力を込め、美久を抱きしめる。
「私も、秀則を一生愛し続けるからな」

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提供:coobard様

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