named star

小高い丘の上、周りを見渡すと雄大な山波が見える。雨を吸い込んだ地面からは強い自然の香りが発せられ、都会育ちの俺の鼻を強く刺激する。

「何もないな……」

雨が降っているのも理由の一つかもしれないが、村をぐるっと見渡しても人が歩いている様子はない。それどころか自動車さえも走っていない。

「そんなことないよー」

隣で傘をさした秋音が言う。

「本屋もないしコンビニもない……何があるんだ?」
「静けさなら、あるよ?」
「それを何もないと言うんだ」

何か変なこと言ったかなと主張するように首をかしげる秋音。雨粒がかかったのかぐしぐしと眼鏡をぬぐい、それとともにYシャツの赤いネクタイがゆれる。

「静けさに関係する話なんだけど、今夜はカレーらしいよ?」
「どこにも関係ないな」
「カレー食べるとみんな静まるよ?」
「もともと食事中はしゃべらないもんだ」
「えー、おしゃべりは楽しいのに」

どこかずれてる会話。最初に会った時はめんくらたっが、もう慣れた。そして村には何もないことがわかった。

「もういいわ。案内ありがとな」
「どういたしまして。それじゃカレー食べに行こう!」

そういって秋音は身をひるがえし、下り道へと足を進めはじめる。赤いスカートが揺れ、ひとつに束ねた髪がぽんぽんはねている。少し歩みを早め、秋音に追いつく。

「とりあえず、だ。まだ昼なんだが」
「昼もカレーだよ?」
「夜は昼の残りってことか……」
「違う違う。夜は夜で作るよ?皆カレー好きだからねー。お父さんは3杯はいくね!」
「秋音はどのくらいよ?」
「……」
「あー、シューはどのくらい食べるんだ?」
「福神付けなら1パックいけるね!シューヤもどう?」
「俺はそんなにいらないな」

田道修野(たみちしゅうや)、田舎っぽいとよく言われる俺の名前。
正木秋音(まさきあきね)、シューの名前。
最初は秋音と呼んでいた。しかし丘を登る途中に何を考えたのか知らないが

「シューって呼んで!」
「……シュー?」
「おーけー、これからはそう呼ばないと反応しないよー」

そんな事でシューと呼ぶようになったが、イマイチまだ頭が切り替わっていない。

「明日から一日中いっしょだねぇ」
「その表現はどうかと思うが、学校案内頼むぞ」

明日から秋音と同じ高校に行くことになる。引っ越しして一番の問題がやはりクラスに溶け込めるかどうかだ。
秋音がいるから溶け込むのも楽かもしれないな。

「カレーなくなるよー」

少し考えていたら秋音から離れてしまっていた。全く、どれだけ食べる
んだか……

丘を降りるとそこには大きな家が二件。
それは両方とも正木家の家なんだが、片方は俺と父親で貸してもらって住んでいる。
父親の名前は田道功治(こうじ)。公務員で一応偉い役職についているらしく、この村の開発に関しての話し合いのため俺と一緒に引っ越してきた。
俺一人残ってもよかったのだけれど、仕事はできても家事はさっぱりの父親を一人暮らしにさせるのはどうかと思いついてきた。
元住んでいた場所には特に親しい友人もいなかったから未練は全くなかった。
買い物に行くのにバスで1時間はさすがにキツイけど。

「おぉ修野、戻ったか。秋音ちゃんもおかえり。父さんは話し合いにいってくるからな」

玄関から家に入ると、ちょうど傘を持った父親が家をでるところだった。

「昼飯は食べた?秋音が言うにはカレーらしいけど」
「それが相手先の家の昼食に呼ばれていてな、本音を言えば空音さんのカレーはぜひとも食べたかったんだが……」
「空音さんは既婚者だぞ?狙っても無駄だ」
「あんなに料理がうまくて綺麗な人はそういないぞ?空音さんが独身だったら俺は絶対お付き合いを申し込んでいたな」
「秋音もいるんだから、滅多な事言うな」
「はっはっは、もちろん冗談だ。おしどり夫婦って言うのか?あんなのを見せつけられちゃ俺の出番はない。そうそう、秋音ちゃんだってもう少ししたら空音さんみたいに綺麗になるんじゃないか?修野、ツバつけとくなら今のうちだぞ」
「ほっほー、じゃあ私もシューヤにつーばつーけたー」
「うわ!きたねーな!やめろって!」

秋音が自分の指を舐め、頬に押し付けてくるのをブロックする。

「それじゃ行ってくる」
「あぁ、いってらっしゃい」
「またねーおじさーん」
「早くお父さんと呼んでくれるようになるのを願ってるよ」
「オヤジ!さっさといけって!」

シッシと手で追い払う、一旦調子に乗ると止まらないのが父親の悪い癖
だ。

「お父さんって呼ぶとおじさん喜ぶの?」
「……知らん」
「じゃあ帰ってきたら呼んでみるね!」
「それはやめろ、またややこしくなる。あーカレーの匂いがするな、早く行かないと無くなるぞ?」

シューの話は脱線することが多いし、空音さん達も待っている。俺もそ
ろそろカレーが恋しくなってきたから話を打ち切ろう。

「そーだね、早く行かないと無くなるかもね。お父さん、中に入ろ?」
「な、何言ってんだよ!お父さんとか呼ぶな!」
「あれー、怒られたよ。おじさんの予行練習だったのに」
「……そうだ、怒られるから言うのはやめろ。な?」
「了解しましたー」

まったく、いきなりお父さんとか呼ぶなっての……意味が判ってないだけまだいいけどな。

靴を脱いであがり、秋音はまっすぐ台所へ。俺は何も言わずに洗面所へ。
うがい手洗いを済すませたところに秋音がやってくる。

「うがい手洗いやってこいって……お母さんはひどいね、目の前にカレー置いてから言うんだよ?」
「シューが悪い、ちゃっちゃとすませろ」
「私の分もやってよ、丘に登って疲れたよ」
「できるか。って髪濡れてるぞ」
「傘に穴が空いててびっくりしたよ。途中で枝に引っ掛けたとき壊れたのかな?」
「髪を拭くのも追加だ。さっさとしないと俺がカレー食っちまうぞ」
「食べ物の恨みはこわいよ?報復がいやなら私が手を洗う間に髪拭いて!」
「まだ何もしてないっての……」

仕方なく置いてあったタオルを取り、がしがしと髪を拭く。

「おらおらおら!」
「乱暴にしないでよー」
「修野君、娘に乱暴は駄目だよ?」

いきなり俺たちの背後から現れたのは秋音の父親の俊夫(としお)さん。
これはやばいところを見られたかも……

「これは乱暴を働いたわけじゃなくてですね、秋音に頼まれてやった事で」
「おとうさん、これは合意の上での行為ってやつですよ」
「違うわ!」
「合意の上ではないとなると、やはり無理やりだったんだね?」
「いや、もう、かんべんして下さい……」

俊夫さんは詰問口調ではなく少し笑い顔、秋音に乗っかって面白がっているだけだ。敗北宣言しないかぎりいくらでも攻められるだろう。

「ほい、手洗い完了だよー」
「もう髪も大丈夫だろ。全く、自分の髪くらい自分で拭けっての」
「修野君は秋音と仲が良いねぇ、僕だって秋音の髪を拭いたことないのに」
「仲が悪いとは言いませんけど、振り回されているだけのような気がします」
「今日は私が振り回される番だったけどねー」
「うらやましい限りだよ。まるで昔の僕とクーを見ているみたいだ」

そういって遠くを見るような仕草をする俊夫さん。

「空音さんと秋音じゃ全然違いますよ」
「それがそうでもないんだよね……まぁそういう話はおいおいしてあげるよ。クーが待ってるし先に行ってて」
「楽しみにしてますね。それじゃ秋音行くぞ」
「はいはいー」


居間に入ると食卓には人数分のカレーとポテトサラダが並べられていて、空音さんはもう席についていた。

「すいませんお待たせしました」
「それは構わない、夫もまだきてないしな。ちゃんと食べる前には手洗いうがいをやってもらわないと、夫が病気でもしたらたまらないからな」
「はぁ……」

この親にして、この子ありといったところか。納得。

「待たせたね、それじゃ頂こうか。いただきます」

俊夫さんに続いて皆いただきますと言い昼食が始まる。
向かって正面に俊夫さん、俺の左に秋音、左正面に空音さんという座席だ。
しばし無言でスプーンと食器がぶつかる音だけ聞こえる。この時ばかりは秋音も何もしゃべらない。
少したって腹の虫も落ち着いたのか、秋音が口を開いた。

「おかあさん、今日はシューヤを丘の上に案内してきたよ」
「ふむ、修野君は村を見てどんな感想を抱いた?」
「そうですね……何もないなぁと。空音さんはずっとこの村に住んでいるんですか?」
「あぁそうだ」
「えっと……とすると、俊夫さんとはどうやって知り合ったんですか?」
「それは僕が説明するよ」

そう言ってスプーンを置く俊夫さん。

「僕がこの村に来たのは本当に偶然だったんだ」

少しはにかみながら話を続ける。

「恥ずかしながら大学生時代に傷心旅行をやっていてね、行くあてもないバイク一人旅さ。快調にとばしていたんだけれど、ちょうどこの家の目の前でスリップして電柱に激突してしまったんだ」
「あの時は凄い音がしたからな、雷が落ちたのかと思ったぞ」
「それでクーに助けてもらって、うん、まぁいろいろあったんだよ」
「君が泣きやむまでずっと頭を撫でてやっていたな……あの夜は忘れられない……」
「く、クー!それは忘れてって!」
「何を言う、大切な思い出だ。今でも鮮明に思い出せるぞ?そうあの日は……」

空音さんが独演会を開こうとした時、俺は俊夫さんからの(タスケテ)というコールを受信した。
了解、貸一つ覚えておいてくださいよ。

「えーと!空音さんはずっと村に居て俊夫さんがこなかったらとか考えませんでしたか?」
「うん?それは考えなかったな」

よし、なんとか話題をそらせたみたいだ。

「この村には迷信というか、昔から語り次がれている話があるんだ。村の娘は偶然訪れてきた男性と生涯を幸せに過ごすというね。私の両親もそうだったらしい、今は二人きりで世界旅行を楽しんでいる」
「へー、なんだかロマンチックな話ですね」
「そうだ、君も偶然訪れてきた男性だな。ということは秋音を幸せにしてもらえるのか?」

マズイ!俊夫さんの矛先をそらしたら俺に返ってきたぞ!

「い、いや。そういう事はとくに」
「駄目なのか?秋音の器量は悪くはないと思うんだが……」

確かに秋音は可愛い、俺が前居た高校の同級生全員と比べてもトップに位置するかもしれない。
でもいきなりそんなこと言われても……よし!さっき貰った貸を今すぐ返してもらおう!
俊夫さんに届け、俺のコール!

「まぁまぁ修野君も困っているじゃないか、そのくらいで止めておいてあげようよ」

Yes!俊夫さん判ってます!

「秋音と修野君が仲が良いのはもう見ればわかることだし、後は当人達に任せようよ」

一言多いです、フォローになってません。それに続いて秋音まで会話に参加してくる。

「幸せにしてくれる?」
「しらんしらん!」
「幸せ前借りー」
「あ、おい!俺のポテトサラダ!」
「おいしいねー、おかあさんのは最高だねー」

最初の静けさは何処に行ったのか。今はもう嵐の真っ只中、無法地帯だ。

「うん、皆食べ終わったみたいだね。ごちそうさまでした」

俊夫さんの号令とともに皆ごちそうさまと言い、つつがなく昼食終了。さてこれからどうするか……

「む、まだカレーが残っているんだが」

空音さんの声に振り返ると、椅子から腰を浮かせた俊夫さんが固まっている。

「あ、あぁそうだね、それじゃおかわりもらおうかなー。あははは」
「そうか!それじゃよそってくるからな!」

満面の笑みを浮かべた空音さんと、俺の方を向いて力なく笑う俊夫さん。

「ほらねー、おとうさんいつもいっぱい食べるんだよ?」
「そういうことね……」

男の鏡です。合掌。

#続きは執筆中


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