アフターPD

 壇上のよりさんはいつにも増して元気一杯だ。自称お昼休みのアイドルと自分で言ってのけるだけはある。
 
 「秀則、いきなり浮気か? つい一分前の頑張るという発言は嘘か?」
 
 隣に立つ美久が微笑みを浮かべながら俺に言った。
 
 「そんなうがった見方はしないでくれ。普通によりさんは凄いなと思っただけだよ。今まで静かだった体育館を一瞬にしてこんなにするんだから」
 
 つい数分前までは静寂の中粛々と文化祭の閉会式が行われていたこの体育館。今となってはその雰囲気はどこにもない。熱気と興奮に包まれた、大規模なお祭りを小さな場所に詰め込んだように感じられる程の盛り上がり。
 その中心に居るのが友原依先輩。俺の所属する放送部の先輩で、同世代女子の平均身長よりも一回り小さく小柄。マイクを持って壇上を飛び交うその姿に前方の男子達は釘付けになっている。何処からこれほどまでのエネルギーが出せるのかが不思議でならない。
 
 『はいはーい、それじゃ一旦落ち着こう! まずはお疲れ様からやろうか! せーのでお疲れ様だよー! せーの!』
 
 よりさんの号令で体育館内の生徒全員がお疲れ様と叫ぶ。その声はもはやお疲れ様とは聞こえず何かを叫んでいるようにしか聞こえない。少し足元が揺れているような気さえする。
 
 「秀則、上を見てみろ」
 「蛍光灯が……揺れてる」
 「凄いな。友原先輩は本当に人の心を掴む事に長けている」
 
 手を口元に当て少し考え込むようにして美久が言う。
 
 『本当にお疲れ様でしたー! 皆準備も大変だったと思います! 実は私も大変だったのですよー、この後夜祭の準備の他にも先ほど話に出ました映画のお手伝いをしていまして、撮影から演技指導から本当に大変でした! そ、れ、に! カップルまで成立されちゃーねー! 目のやり場に困るってもんですよー!』
 
 よりさんの言葉に体育館中から笑い声が聞こえ、また溜息が漏れる音も聞こえた。前者が彼氏彼女持ち、後者は……言わずもがなだ。
 
 『さて! それじゃ今年の後夜祭の企画を発表するとしましょうか! 題して、恋の炎を消火せよ! かき氷早食い大会です!』
 
 よりさんの掛け声にまた体育館が揺れ動き、入り口のドアがガタガタと音を立てた。
 
 「恋の炎を消火? フフ、私と秀則にとっては無駄な事だな。誰にも消せやしないさ」
 「美久、何かいつもとテンションが違わないか? 心なしか顔を赤いし……」
 「逆だ。この雰囲気の中で平静を保つ事はむしろ悪だ。踊るアホウに見るアホウと言うだろう? 楽しまなければ損だ」
 「確かにそうだな」
 
 こんなに皆が熱狂して大声を出せる事なんてほとんど無いだろう。それにその中心に居るのが知っている人というのは誇らしい事だ。
 
 『この企画はですね……にわかカップルを撲滅する為の企画です! 文化祭で出来たバカップルの頭を冷やしてやろうと! さぁこの文化祭を通して出来たカップルはすみやかに壇上にあがってきなさーい! 壇上に上がってこないカップルは恋の炎は燃えていないと判断しますよー!』
 
 よりさんの声に今まで前を向いていたクラスメイト全員が一斉に俺と美久の方へと顔を向けた。そして、何処からともなく掛け声があがる。
 
 「あっがっれ! あっがっれ!」
 
 これは、俺と美久も行くしかないのか?
 
 「秀則、行くぞ。あそこまで馬鹿にされて逃げる事など出来ない。私達の愛の炎がかき氷ごときで消されるはずがないと証明してやろうじゃないか」
 
 そう美久は言うと俺の手を引き壇上へとまっすぐに歩き始めた。地味に恋の炎ではなく愛の炎と言っていたような気がするが、声に出す余裕もなく周りの生徒を掻き分けながら壇上へと向かう。
 
 「お、来たねぇのりちゃんに小海サン」
 
 よりさんともう一人の三年生の男子生徒が机とかき氷を用意する中、俺たちは壇上へ上った。この三年生の人は穂高育さんと言ったか、放送部の在籍名簿では見かけた事があるけれど普段放送部ではまったく見かけない人だ。よりさんは子悪魔のように笑いながら俺たちを迎えた。
 
 「一番乗りだね! それじゃ意気込みをどうぞー!」
 
 そう言ってよりさんはマイクを俺達の方に向ける。適当に頑張りますと言おうとすると、美久がよりさんからマイクを奪い取り、叫んだ。
 
 『友原先輩、宣戦布告確かに受け取りました! 秀則は渡しません!』
 

 
 「なぁ美久、なんでこんな事になったんだー!?」
 「面白いからいいんじゃないかー!?」
 
 美久の全校生徒を勘違いさせる発言により、俺は窮地に立たされていた。
 俺達の他にも壇上に上がろうとする文化祭カップルは居たようだが、全員辞退してしまった。出たくないから辞退するというよりも、俺と美久のこれからの動向を見たいからといった理由だろう。
 
 『さぁさぁ皆さんおたちあい! こちらの文化祭バカップル代表が見事にこのかき氷の山をたいらげてくれますよ!』
 
 そう、俺と美久の前にはかき氷がズラリと並んでいるのだ。量は……数えたくも無い。壇上の右から左まで繋げられたテーブルに丁寧にひとつずつ並べられたかき氷、ご丁寧に右側が赤で左側が青というグラデーションになっている。そして俺が左の青側の席、美久が右側の席にスタンバイしている。
 
 『赤コーナー! 小海美久さん! 青コーナー! 八木沢秀則君! さぁ見事このかき氷の山をたいらげて真中の勝利者賞を手に入れる事が出来るのかー!?』
 
 ルールは簡単、二人で壇上中心に向かってかき氷を食べ進んで行き俺と美久が会えれば勝ち。途中でギブアップしたらそこで負け。
 
 「秀則! 絶対に会うぞ! かき氷ごときで私と」
 『はい、小海サン。マイク貸してあげるね』
 
 『私と秀則の愛の炎が消されるはずがない!』
 
 タイミング良く美久にマイクを渡すよりさん。ヒートアップする会場。うな垂れる俺。
 
 『それと友原先輩、私の秀則は先輩に興味がとてもあるらしい。今日も後夜祭が始まってからは先輩にずっと視線を向けて私の事を忘れている事さえあった…………この件もここで決着をつけておきたい。私達が勝ったら金輪際秀則にモーションをかけるのは止めてもらおう!』
 
 美久、それは違う。俺はそういう目でよりさんを見ていたんじゃない。尊敬の意味で見ていたんだ。よりさんは穂高さんからマイクを受け取り、美久の演説に語り返す。
 
 『バレちゃ仕方ないね……そう! 確かに私はのりちゃんにモーションをかけていたさ!』
 『盗人たけだけしいとは正にこの事ですね……私は先輩に感謝していたのですよ? 今回の映画を通じて秀則と結ばれた経緯には、少なからず先輩からの助力がありました。それなのに……』
 『小海サンは忘れているようだね。穂高さん、アレを出して!』
 
 穂高さんはタイミング良く舞台裏から何かを投げてよこした。あれは……カバのぬいぐるみ?
 
 『これを忘れたとは言わせませんよ? のりちゃんは正式に私をセカンドワイフとして選んでいるのですよ?』
 『クッ……確かにそれはあの時のセカンドひっぽ。秀則が私の次に先輩を気にかけている証拠』
 
 セカンドひっぽとは今大人気のトリプルひっぽシリーズの次男だ。このトリプルひっぽシリーズは告白アイテムとしても人気であり、長男を渡す事は交際を申し込む事を意味する。次男はセカンド、三男はサードの相手を意味するらしい。俺はそれを知らずに渡してしまった事を、今狂おしく後悔している。
 
 『小海サンが見事のりちゃんと会う事が出来たら、勝利者賞に副賞としてこのセカンドひっぽを付けましょう! それで小海サンも安心でしょう?』
 『という事は、もちろん私もファーストひっぽを出せと言う事だな?』
 『ご明察。小海サンは頭が良くて助かりますぜー』
 
 もはやよりさんは子悪魔の段階を通り過ぎている。俺にとっては悪魔だ、むしろ閻魔大王クラスだ。あの口元を見てほしい、俺には見える。尋常なく伸びた舌で口元をしめらせているだろう?
 
 『では、私も出しましょう』
 
 あれ? 今まで美久何も持っていなかったよな? その右手に持っているブサイクなカバのぬいぐるみは何?
 
 『はーいみなさーん! 今のやりとりで判ってもらえたでしょうか! かき氷を食べきれなかった時、この二人は別れる事になるのです! 女の意地! 男の甲斐性! 様々な物を賭けた戦いが今始まります!』
 
 俺の右手にはスプーン。左手にもスプーン。
 熱気のある体育館にも関わらず溶けないかき氷。よほどいい氷を使っているのだろう。
 遠くからマイクをスプーンに持ち替えた美久の声が聞こえる。
 
 「秀則! 絶対に勝つぞ!」
 
 それは今までに見たことの無い笑顔だった。そうか、美久はこういう顔もするんだな。
 まだ俺と美久の付き合いは始まったばかり、ここで終わらせたくなんかない。
 食べきってやろうじゃないか!
 

 
 身体は汗だく、食道は極寒。
 スタートから休むことなく食べ続け半分は消化した。
 しかし、壇の中心にはもう半分の工程がある。
 青みがかったかき氷も少し赤くなり確実にゴールに近づいているのは判るが、胃が涼を拒む。
 
 『おーっと秀則選手の手が止まったー! これは暗に私へのプロポーズを意味しているのか! こんな皆の前じゃさすがの私も恥ずかしいですよぉ…………』
 
 よりさんの声力を込めた発言に体育館が沸く。
 何名かが体育館のドアから外に投げ捨てられるのを見た、戦線離脱といったところか。
 かき氷を食べている俺でさえ暑いんだ、壇の下はどのくらい暑いのか想像もつかない。
 
 「秀則…………」
 
 美久の声に驚き、視線を壇上に戻す。美久は俺の真横まで来ていて眉をひそめ小首をかしげた姿勢で俺を見ている。美久の口は青ざめ、傍目にも体調が良いようには見えない。残りのかき氷を見てみるが、美久も頑張っているのだろうがまだ半分も食べきれていない。
 
 「美久、棄権しないか? これ以上はさすがに無理だろう」
 「秀則の本心は、友原先輩のほうが良いという事か?」
 「そんなはずないだろ! でもな、俺もまだ半分しか食べれていないし美久の方は半分も行ってないだろう?」
 「でも、ここで棄権をしたらファーストひっぽが取られてしまう。私が……初めて秀則からもらった贈り物を取られてしまう……」
 
 確かにあのカバにぬいぐるみは俺が初めて美久にあげた贈り物だ。俺自身としてもなんとかしたいと思うが、このかき氷の山はどうにもなりそうにもない。どうするか……
 
 「秀則、私に力を分けてくれないか?」
 「力を分けるって?」
 「何、眼をつぶって一分ほど抵抗しないでくれればいい。そうしてくれれば後は私がなんとかする」
 「なんとかするって……このかき氷を?」
 「そうだ。私を信じてくれないか?」
 
 俺は無言で眼をつぶった。俺に出来る事は美久を信じる事。美久が出来ると言うのならば出来るのだろう。
 少し間を置いて、両肩に手を置かれた。ワイシャツに汗が染み込み少し不快な感触がしたのもつかの間、俺の口に柔らかい物が重なった。割れるような歓声が体育館を包む。人が倒れ床に叩きつけられる音も聞こえる。何が起きているのか、眼をつぶっている俺にも判った。しかし、理解はしないようにした。理解したら俺も倒れてしまいそうだから。
 
 「ありがとう秀則、君の愛の炎は私が確かに受け取った」
 
 口から柔らかい感触が離れる。
 美久は頬を赤らめ、青ざめていた口元はいつもの艶やかな色を取り戻している。
 そして美久は、行動に出た。
 
 「秀則の愛さえあれば……氷など簡単に溶ける!」
 
 美久はスプーンを投げ捨て、容器の中の氷を手で『鷲掴み』にした。
 一瞬にして氷は溶け、甘いだけの水になる。
 そして美久は一瞬にしてそれを飲み干し、同じように隣の氷も溶かした。
 一瞬の静寂の後、体育館中に隕石が直撃したような歓声が湧き起こった。
 

 
 「はは……やりすぎちゃったかな……」
 「無粋だ、あれだけ盛り上がっていた物に水を刺すとは教師陣のモラルを疑う」
 
 美久が全てのかき氷を溶かしきり飲みきった瞬間、あまりの騒動に危機感を覚えた教師達が体育館に押しかけ後夜祭は強制解散となった。
 後夜祭の中止は前代未聞。さすがのよりさんも少し反省気味だ。
 
 「確かにやりすぎたかもしれませんけど、俺は良かったと思いますよ。後夜祭を中止に追い込むほど盛り上がらせるだなんてよりさんにしか出来ないです」
 「まさかのりちゃんにそう言われるなんて思ってなかったよ。無理矢理巻き込んじゃったのに…………」
 
 本気で俺はそう思っている。来年は俺が放送部の部長、そしてよりさんはいない。それで今年のように盛り上がる後夜祭を作る事が出来るのか。
 
 「よりさん、俺に放送部について色々教えて下さい。来年も後夜祭を中止に追い込む程盛り上がらせますから!」
 
#あふたーあふたーPD
 
 「よりさん、約束は約束です。私達はかき氷を食べきりました。秀則からは手を引いてください」
 
 待て、美久は本気にしていたのか?
 最初から最後まで、美久は本気で俺を賭けての勝負だと思っていたのか?
 
 「小海サン、安心して。今まで校内のアイドルだったからヒミツにしていたけど、私にはもう未来の旦那様がいるから」
 
# to be next on air !

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